Prologue:経営者と神棚
中小企業を訪問すると、多くの社長室やオフィスに立派な神棚が祀られている光景を目にします。特に、長く続いている「長寿企業」には、必ずと言っていいほど神棚が存在します。また、毎朝の日課として神社へ参拝し、自ら祝詞(のりと)を奏上する経営者も少なくありません。
私の知人である元証券マンも、かつて不思議そうに語っていました。
「成功している経営者は、皆こぞって神社に詳しい。なぜだろうか?」と。
私自身の周りを見渡しても、優れたリーダーほど神様への信仰が篤く、見えざる力に対して深い畏敬の念を持っています。
これは現代に限ったことではありません。歴史を振り返れば、戦国武将や政治家、国を動かしてきた偉人たちもまた、事あるごとに神前に額(ぬか)ずいてきました。
なぜ、経営者はこれほどまでに神様を求め、神社へ足を運ぶのでしょうか。
単なる現世利益や神頼みではありません。
そこには、もっと本質的な理由が存在します。

Chapter 1:「人事を尽くして天命を待つ」という謙虚さ
なぜ神棚があると、会社は長続きするのでしょうか。
明確な理由を科学的に証明することは難しいかもしれません。しかし、経営とは常に不確実性との戦いです。どれほど努力し、最善を尽くしても、天災や事故、時代の変化など、自分たちの力だけではどうにもならない領域が存在します。
そんな時、経営者に必要なのは「人事を尽くして天命を待つ」という姿勢です。
神前に手を合わせる行為は、傲慢になりがちな心を鎮め、「生かされている」という謙虚さを取り戻すための儀式でもあります。
よく「神頼み」と言いますが、真の参拝とはお願い事をする場ではありません。
「今日まで無事に経営できたこと」への感謝を伝えに行く場所です。
この感謝と謙虚さの積み重ねこそが、企業の寿命を延ばす見えない根っこになるのではないでしょうか。

Chapter 2:「私」を超えた存在としてのシンボル
経営者と神様が似ている理由。
それは、「その存在の在り方が酷似しているから」です。
社長とは、一人の個人を超えた「集団の象徴(シンボル)」です。
社員の生活を背負い、お客様の期待に応え、多くの取引先と関わりながら、組織という船を導く存在。その意識状態は、もはや個人の枠に収まりません。主語が「私(個人)」ではなく、「私たち(会社・社会)」へと拡大しています。自分自身の利益よりも、集団全体の存続と繁栄を願う状態。これを「集合意識」と呼びます。
そして、神様もまた同じです。
神社という「社(やしろ)」の長として、地域や国という共同体の平穏と発展を願い、人々を見守る集合意識のシンボル。
つまり、構造的に見れば、
「神様とは、地域や一族を見守る、目に見えない社長」であり、
「社長とは、会社という共同体を導く、現世の神(国津神)」なのです。

Chapter 3:神棚が人間を「律する」力
以前、興味深いデータを目にしたことがあります。
「倒産する企業の8割には、神棚が置かれていない」というものです。
逆に言えば、神棚を祀り大切にしている会社は、長く続く傾向にあります。
神社に初詣に行くことは、多くの日本人にとって当たり前の習慣です。
しかし、会社や自宅に神棚を置くことを考えていない経営者が多いのも、また実態ではないでしょうか。
厳しいことを申し上げるようですが、年に一度だけ手を合わせに行っても、その想いは神様には届きにくいものです。経営とは、毎日が真剣勝負。日々、神棚の水を替え、榊を整え、手を合わせる。この「神様の視線」を日常に取り入れ、「神様に恥じない行いをする」という心構えを整えるトレーニングこそが重要なのです。
もちろん、ただ置けばいいわけではありません。神棚が埃まみれだったり、榊(さかき)が枯れたまま放置されている会社もまた、衰退していく例として挙げられます。
毎日水を替え、榊を整え、手を合わせる。神棚という鏡を通して自らを律し、襟を正す。
この「神様に恥じない行いをする」という日々の規律が、経営者や社員の心を整え、自らを律する力(自律)を育むのでしょう。
世界を見渡すと、創業200年以上の長寿企業は日本に集中しています。
100年以上続く会社は約26,000社、200年以上は1,200社。さらには500年以上続く会社も約50社あると言われています。
戦国時代から続くような老舗企業の多くが、今も神棚を大切に祀っている事実。それは、神棚という装置が、組織を正しい方向へ導く羅針盤として機能してきた何よりの証左です。

Chapter 4:神社は、偉大なる先輩への表敬訪問
日本の神々の中には、かつて実在した人物も多く含まれています。
菅原道真公、楠木正成公、豊臣秀吉公。彼らは生前に優れたリーダーシップを発揮し、神となりました。歴史上人物の彼らは、神界での評価が高く、現在でも神界にてご活躍中です。余談になりましたが、経営者が神社に参拝するということは、いわば「偉大なる先輩経営者への表敬訪問」のようなものです。
数百年、数千年という時を超えてなお、人々の信仰を集め続ける神々(=社長たち)。その御前に立ち、手を合わせる時、私たちは言葉を超えた感覚で、リーダーとしての在り方、振る舞い、そして「公(おおやけ)」に生きる覚悟を、魂のレベルで伝授されているのかもしれません。

Final Chapter:現代の国津神として生きる
ある会社では、毎月1日と15日に全社員で清掃を行い、全員で神棚に参拝してから仕事を始めるそうです。
核家族化が進み、伝統や文化に触れる機会が減った現代において、会社や家庭に神棚を置くことは、失われつつある「感謝」や「畏敬の念」を次世代へ伝える、最高のエリート教育とも言えます。
経営者が神様を好きになるのは、そこに「未来の自分の姿」を見ているからではないでしょうか。
私利私欲を超え、集団のために尽くし、やがてその精神が人々の心に残る「神」となる。その崇高なプロセスを、無意識のうちに感じ取っているのです。
あなたもまた、会社という「社(やしろ)」を守り、社員という「氏子」を導く、現代の国津神(くにつかみ)です。どうぞその誇りを胸に、今日も正しき心で経営という政(まつりごと)を執り行ってください。
